概要
昭和5年、日本で初めて開設されたハンセン病療養所「長島愛生園」では、かつて2,000人を超えた入所者が、高齢化で90人を切り、同じ長島にある「邑久光明園」でも50人余りに。病気への差別と闘った貴重な証言が消えていく…。
いわれなき差別偏見に苦しめられた入所者の後世に伝え、同じような悲劇が二度と起きないよう訴え続けていくことが大切である。
悲しみの患者収容桟橋、人間扱いされなかった消毒風呂、患者を監禁した特別監房など人権蹂躙の証となる建物は今にも崩れそう。私たちはこうした建造物を修復、保存して、患者の苦難の歴史を後世に残すべきと考え、世界遺産登録に向けた取り組みを進めている。
平和へのメッセージを叫び続けている原爆ドームと同様に、長島の古い建造物もまた、人権尊重のメッセージを発信し続けるだろう。